猪崎城

別名 橘城
        監物山城 
付近住所 京都府福知山市猪崎 現在 城山
2008/3/31 碑・案内板アリ 日本城郭大系


塩見 利勝  眼下に由良川・福知山市街地を望む小さな丘の上にあるこの猪崎城跡は、今も「猪崎の城山」と呼ばれている中世の山城です。鳥ヶ岳、鬼ヶ城などの山々から、由良川・土師川の合流部近くまで、長く延びた裾野の先端にあります。
 城の範囲は、東西150m・南北160mあまりあり、ほぼ円形のこの丘全域にあたります。
 中核部分の主郭(近世城郭でいう本丸)は、東西約45m・南北約50m、さらにこの主郭の北西の隅には矢倉台らしき盛土も残っています。主郭から1段下がった周囲三方(北・東・南)には、高さ0.5m〜3.5m程の大きな土塁(敵の進入を防ぐ城壁)があり、主郭との間は幅15m程の空堀となります。通路も兼ね、おそらく武者溜り(非常の際に伏兵を配置するところ)にも利用できるこの空堀は、福知山地方では最大の規模を誇っています。
 さらに、その周辺には約10ヶ所余りの曲輪(城域を形作る平坦な区画)を裾に向かって階段状に付属させています。
 これら空堀様式や曲輪の配置形式は、畿内では天文〜永禄年間(1532年〜1569年)に盛んに造られたことから、この猪崎城跡は、福知山地方では最も新しいタイプの中世城郭の一つと考えることができます。
 天正7年(1579年)、明智光秀は丹波を平定し近世城郭福知山城を築造します。その直後の姿を今に伝える猪崎城跡は、私たちを戦国時代へと誘ってくれるでしょう。